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神道・神社史料集成(古代) 佐陁神社
佐陁神社(出雲国秋鹿郡)『出雲国風土記』・意宇郡(733)(略) 安来郷、郡家東北廿七里一百八十歩、神須佐乃烏命、天壁立廻坐之、爾時、来二-坐此処一而詔、吾御心者安平成詔、故云二安来也一、即北海有二毘売埼一、飛鳥浄御原宮御宇天皇御世甲戌年七月十三日、語臣猪麻呂之女子、逍二-遥件埼一、邂逅遇二和爾一、所レ賊不レ帰、爾時、父猪麻呂、所レ賊女子斂二-置浜上一、大発声憤、号レ天踊レ地、行吟居嘆、昼夜辛苦、無レ避二斂所一、作レ是之間、経二-歴数日一、然後、興二慷慨志一、磨レ箭鋭レ鋒、撰二便処一居、即撎訴云、天神千五百万、地祇千五百万、并当国静坐三百九十九社、及海若等、大神之和魂者静而、荒魂者皆悉依二-給猪麻呂之所一レ乞、良有二神霊一坐者、吾所レ傷給、以レ此知二神霊之所一レ神者、爾時、有二須臾一而、和爾百余、静囲二-繞一和爾一、徐率依来、従二於居下一、不レ進不レ退、猶囲繞耳、爾時、挙レ鋒而刀二中央一和爾一殺捕、已訖然後、百余和爾解散、殺割者、女子之一脛屠出、仍和爾者、殺割而掛レ串、立二路之垂一也、安来郷人、語臣興之父也、自二爾時一以来至二于今日一、経二六十歳一、 (略)
『出雲国風土記』・島根郡(733)(略) 加賀郷、郡家北西廿四里一百六十歩、佐太大神所レ生也、御祖神魂命御子、支佐加地比売命、闇岩屋哉、詔、金弓以射給時、光加加明也、故云二加加一、神亀三年改二字加賀一、 (略) 加賀神埼、即有レ窟、高一十丈許、周五百二歩許、東西北通、所レ謂佐太大神所産生処也、所産坐臨レ時、弓箭亡坐、爾時、御祖神魂命御子、枳佐加地比売命願、吾御子、麻須羅神御子坐者、所レ亡弓箭出来、願坐、爾時、角弓箭、随レ水流出、爾時、取之詔レ子、此者非二弓箭一、詔而擲廃給、又金弓箭流出来、即待取之坐而、闇鬱窟哉、詔而、射通坐、即御祖支佐加地比売命社、坐二此処一、今人、是窟辺行時、必声(石へんに啇)磕而行、若密行者、神現而飄風起、行船者必覆、 (略)
『出雲国風土記』・秋鹿郡(733)(略) 恵曇郷、郡家東北九里卌歩、須作能乎命御子、磐坂日子命、国巡行坐時、至二-坐此処一而詔、此処者、国稚美好有、国形如二画鞆一哉、吾之宮者、是処造者、故云二恵伴一、神亀三年改二字恵曇一、 (略) 佐太御子社 (略) 以上十一所並在二神祇官一、 (略) 神名火山、郡家東北九里四十歩、高二百三十丈、周一十四里、所謂佐太大神社、即彼山下也、 (略)
『日本三代実録』貞観元年7月11日甲子条(859)出雲国従五位下佐陀神、無位湯坐志去日女命並授二正五位下一、
『日本三代実録』貞観9年4月8日丁丑条(867)出雲国従二位勲七等熊野神、従二位勲八等杵築神並授二正二位、正五位下佐陁神正五位上、伯耆国正五位下伯耆神、訓坂神、大山神並正五位上、正六位上湊神、賀茂神並従五位下、備後国従五位上甘南備神、高諸神並正五位下一、
『日本三代実録』貞観13年11月10日壬午条(871)授二武蔵国正五位上勲七等秩父神従四位下、従五位下椋神従五位上、飛騨国正五位下水無神正五位上、出雲国正五位上湯神、佐陁神並従四位下、従五位上能義神、佐草神、揖屋神、女月神、御訳神、阿式神並正五位下、従五位下斐伊神、智伊神、温沼神、越中国従五位下楯桙神並従五位上一、
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